AMラジオを演奏することは可能か

 だから、AMラジオというのは、単に原音から遠いメディアなのではない。AMラジオというメディアじたいが、ほんとうはとても豊かな肌理を発している。
 となれば、AMラジオを演奏する、ということだってできそうです。AMラジオから曲を流すのではなくて、AMラジオじたいを演奏する。じっさい何人かのミュージシャンはAMラジオを楽器として演奏しています。
 ではどうやって演奏するか。ひとつには、「ラジオスターの悲劇」よろしく「AMラジオ風」の記憶を立ち上げるという方法があります。それは、「あ、AMラジオの感じ」という記号を立ち上げる一瞬に賭ける演奏であり、あとは、聞き手のほうが自分のAMラジオのメソッドを次々と立ち上げて頭の中で大運動会を繰り広げればよい、ということになる。これ、なんだかiPodシャッフル風ですね。
 しかし、もし演奏家がAMラジオを延々と演奏するとするとき、彼や彼女がなおもそうしたメソッドの立ち上げに頼るならば、それはもはや無用な音の連続に過ぎなくなるでしょう。だって、「AMラジオ風」という旧メソッドを立ち上げるには「AMラジオ風のキューが鳴ること」だけで必要にして十分だからです。  それでもなお、AMラジオをあえて演奏するとき、そこではもはや、旧メソッドとは異なることが起こっているはずです。そこではむしろ、AMラジオのノスタルジーを引き剥がされ、「AMラジオ風」という聞き手のメソッドは停止され、「え?これなんの音?」というニューメソッドが聞き手の頭の中に立ち上がる。かくしてAMラジオの演奏は、いささか困難な隘路を通ることになるのですが、そこにこそ、楽器としてのAMラジオの可能性は開けている、と思います。