任地で聞く音楽

 他の席にはTVモニタがあるというのに、ぼくたち二人の席はたまたまTVモニタのない席で、彼は「だまされた」といいながらリュックからごついCD携帯ケースを取り出す。任地ではこれといって娯楽がないので、CDはいい慰めになるのだという。「どんなの聞いてるの?」とそのコレクションを見せてもらうと、オアシス、グリーン・デイエルトン・ジョン、「Now...」などのベストヒットもの、ヒップホップ系、いくつか、ぼくの知らないグループがあるので何かと尋ねると「クリスチャン・ロック」。クリスチャン・ロックを聴きながら突撃するアメリカ兵、という町山さんの文章を読んだことがあったので、ぎょっとする。
 ベストものが多い。ロッド・スチュアートのベストが二枚。「people get ready」なんかも入ってるのだろうか。おもしろいことに、レイナード・スキナードニール・ヤングのベストが並んでいた。「アラバマ州知事の歌で彼らがやりあったのを知ってる?」と尋ねると、「うん、なんかそういうことがあったらしいね、古い話でよくわかんないけど」。

 この、有名な曲をなんでも気分に合わせて聞き、その気分のひとつに「クリスチャン・ロック」があるというラインナップは、なまじ宗教一色のコレクションよりもかえってリアルに感じられる。クリスチャン・ロックは既成のロックに似ることで、既成のロックの愛好者に訴えようとしている。その狙いは、少なくとも彼のコレクションにはしっかり反映されている。

 スチュワーデスには「えー、ジェリービーンズが軽食? What a treat!」と軽口を叩いたりするが、パーサーが「皿を片づけましょうか?」と尋ねると、「Yes, Sir」。もちろん、相手はエア・フォースあがりかもしれないわけだが。

 降り際に、さきほどのパーサーが青年に声をかけて、何か特別のはからいをしているらしかった。割って入る余裕もなさそうなので、Take care、と声をかけて別れる。一人も殺さずに、と付け加えるべきだっただろうか。