オフサイト最後の夜

 代々木オフサイトで、Filamentライブ。オフサイトはこの夜をもって閉店する。
 大友さんは、レコード針の先、コードの針金の先を接触させるアナログ演奏なので、その手つきによって微細なコントロールが生まれることはすぐに察しがつく。いっぽうSachiko Mのサイン波は、卓によって演奏されているので、理屈の上ではアナログな接触音のような繊細さが生まれる環境ではない。
 にもかかわらず、じっさいには、すばらしく細部に満ちている。
 彼女がゆっくりと、何かに触れようとする所作をなぞりながら発信ボタンを押す。と、時間軸が目の前で引き延ばされていく。これが、純粋に音のタイミングからくるものなのか、視覚からくる感覚に左右されているのかは、ぼくの耳の分解能では判断がつかない。ともかく、オフサイトの狭い空間の中では、いつもはほとんど感じずに済ませているミリ秒単位の世界にまで耳のスケールが拡大し、その広々とした時間の中で音が立ち上がる感じなのだ(ちなみに、針先がほんのわずかレコード触れるとき発せられる「チッ」という音が、およそ10ミリ秒である)。戸外の物音はまるで音のルーペを得たように、そのテクスチャをあらわにする。
 オフサイトでの演奏はしばしばその「音の小ささ」によって語られることが多いが、じつは、あの頭の先がしびれるような感覚は、小ささだけでなく、この時間スケール感の変化によるところが大きい。世界はサイン波を待って膨張する。
 
  ぼくの座った位置は、ちょうど大友さんの真ん前だったので、むき出しになったシールドの細い一筋のきらめきが見えるほどだった。プレーヤーの針先がターンテーブルに触るさまは、飛行機が着陸するところを横から覗いているような気分だった。
 
 1セットめと2セットめの合間にオーナーの伊東さん、Sachiko Mさん、大友良英さんに短いインタヴューをした。ほぼ同じ話題なのだが、少しずつトーンが違って変奏のよう。
 
ラジオ 沼「オフサイト最後の夜」
http://homepage.mac.com/carte/numa/numa247.mp3

 ブログ作法パーティーに顔を出したあと、ふたたび代々木に移動し、オフサイト打ち上げに参加。隣に立っていた国籍不明の青年が、古池くんだとわかり頭の中でトロンボーンの管が抜けるような衝撃を受ける。仮面ライダー響鬼はミュージシャン必見だそうだ。
 大谷能生さんにひさしぶりに会うと、お互い既に酩酊状態。隣の伊東ゆかりさんのオフサイト偉業を讃えるのも忘れ、宮沢賢治江戸川乱歩の邂逅を巡る、よーいよーいデモクラシーな話に終始する。なんか星めぐりの歌をとんでもない替え歌で唄ったような気がしたが、あれは何の替え歌だったか。大谷さんがすでに執筆済みという1942年のデューク・エリントンという話、聞いただけでもおもしろそう。
 
 今日の演奏はじつは2セットあり、ぼくの聞いたのは1セットめだったのだけれど、Sachikoさんの話によれば、2セットめは、気合いを入れて予約してきた客が多かったせいなのか、ものすごい緊張が会場にみなぎっていたのだという。曰く「2セットめはオリジナルの客って感じだった!」。オリジナルメンバーというのは聞いたことがあるが、オリジナルの客というのははじめて聞いた。  ところが、演奏開始後およそ25分ごろ(フィラメントの場合、「楽章」とか「サビ」といった構造がないので、こういう表現になる)、あるお客さんの寝息が聞こえだし、それが演奏に打ち勝つほどのボリュームになったので、彼女は「起こして」と(本人曰く「演奏と同じテンションで」)隣の人に声をかけたのだそうだ。立川談志的エピソードまで降臨したとは、オフサイトラストナイト、恐るべし。