唄うパワー・オブ・テン

 ワッツタワーズには圧倒された。変拍子自在のバンド歌唱をカタパルトにして、途中、ヴォーカルとピアノの「ヒゲの未亡人」スタイルによって宇宙に飛び出し、再びバンド演奏に戻ってくるそのさまは、あたかも「唄うパワー・オブ・テン」。「吉田寮」や「メトロ」といったご当地ネタも盛り込みながら、単なる固有名詞の引用ではなく、寮の蒲団の匂いやライブハウス前の階段の冷たさまで想起させるアドリブの生理は、「京都在住バンド?」と問いたくなるヴィジョンの確かさ。そして、宮崎さんのメロディがまたいいんだよな。途中からは、ジョンも登場し、「ワン!」と正しく数を数える。怖くて愛らしい踊りの数々。このセットだけですでにして胸いっぱいだった。
 
 幕間で岸野さんとちょっと立ち話したのだが、あの「ヒゲミボ」部分で、ピアノのみんとりさんは歌詞を聴きながらときどきアドリブで転調をしかけてくるんだそうだ。そして岸野さんのフレーズも、あらかじめ語彙は頭の中に詰まっているとはいえアドリブで組んでいくとのこと。つまり、恐るべき打々発止のやりとりの中で、あの、小唄というには長大すぎる世界が構築されていくわけで、このお二人の脳身体能力は、ほとんど想像を絶する。