トークの視線

 2003版収録の「松嶋尚美がタイで番傘の値段をふっかけられた話」というのを分析した。

 話の前半では、松嶋尚美は観客のほうを向いて、TV収録で行ったタイのマーケットで番傘を買ったエピソードを語っている*1。ところが、よその店ではるかに安値で売っているのを観て、じつは値段をふっかけられたことに気づいた松嶋は、突然、「これは文句いわなあかん思て、スタッフに『ちょっとまっといて下さい』っていって・・・」といいながら鶴瓶の方へ向き、次に観客のほうに歩みだそうとする。
 この、松嶋の身体動作によって物語は動き出す。

 一般に二人の行なうトークでは、相方、観客という二つの視聴者がいる。で、エピソードを話すときに、どちらに対して身体を向けるかで、その後の話の展開は大きく変わる。
 もし、単に観客相手にトークをするなら、『ちょっとまっといて』のところで、それまでと同様、観客に向かって呼びかければ済むところだ。しかし、ここで、あえて鶴瓶のほうに向き直り、「ちょっとまっといて」と言うことで、鶴瓶は突如「スタッフ」と化す。そして、観客席のほうに歩み出すことで、観客席方向がタイのマーケットと重なるのである。
 ここでさらに見逃せないのは、鶴瓶が「ちょっとちょっと」とたしなめながら、観客のほうに歩み出している松嶋を止めるところだ。ここで鶴瓶は、トークの場(テーブルそば*2)を離れた相方をなだめると同時に、タイにいる松嶋を「(よその安い店の値段など)見んことにしといたらええねや」と、なだめているのだ。この鶴瓶の行動によって、鶴瓶と松嶋のトークは、タイにいるスタッフと松嶋のやりとりと重なり、トークの熱気がタイの熱気と重なってくる。じっさい観客の笑いは松嶋の『ちょっとまっといて下さい』っていって」の時点ではなく、鶴瓶が止めるところで起こる。
 さらに見逃せないのは、松嶋が、今度は直接話法で「ちょっとまっといて!」と絶叫すること。ここでは、松嶋はナレーションを放棄し、直接鶴瓶に向かって叫んでいる。その結果、松嶋と鶴瓶は、トークの相方関係ではなく、タイ現地の松嶋とスタッフの関係へと憑依する。観客の笑いはこの二度目の「ちょっとまっといて!」でドカンと盛り上がる。
 ここから松嶋はなおも前に出て「おっちゃんどこ?どこ?」と絶叫しながら、観客を見回す。これで観客席は完全にタイのマーケットと化してしまう。観客は、自分の横にいるかもしれない「おっちゃん」の気配を感じ出す。
 そしてさらなる反転がくる。おっちゃん探索の渦中にいる松嶋は、とつぜん松嶋自身から、松嶋を呼び止めて「これはどう?」と爪を差し出すマニキュア塗りのおばちゃんへと変化するのである。
 何度観てもこの「おばちゃん変化」には笑ってしまうのだが、それは、単に彼女の表情や手の出し方の滑稽さだけが原因ではないだろう。観客席のマーケット化というその前までの流れがあるからこそ、観客はそこに突如現われたマニキュア塗りのおばちゃんを「リアル」なものとして感じることができる。そして、そこまで松嶋によって探される側であった観客は、突如おばちゃんを観る松嶋の側に回らされ、虚を突かれるのである。

 ほかにも、鶴瓶がいかに左手によって松嶋にキューを出しているか、松嶋が顔を鶴瓶に向けることでいかに合図を送っているかなど、みどころは満載。「きらきらアフロ」の分析だけで1年は過ごせそうだ。

1 松嶋をいかにして止めるか

 途中、「番傘」という語が出なくて松嶋は鶴瓶に視線を目を向ける。これを受けて鶴瓶は左手でツッコミを入れながら、それが油引きをした伝統的な「番傘」であることを教える。「松嶋にことばを教える」というのは、「アホの松嶋」を浮き上がらせるべく「きらきらアフロ」でしばしば用いられるやりとり。
 じつは、鶴瓶は単に「教え」ているのではない。これは、放っておいたら間違ったことばづかいのままトークを進めていこうとする松嶋を、鶴瓶が「止める」というパフォーマンスなのである。「きらきらアフロ」は「鶴瓶はいかにして松嶋を止めるか」をめぐるトークであると言ってもよい。
 鶴瓶が「ちょ、ちょっとまってください」と言い始めると、客は「次はどうやって松嶋を止めるのか」と期待を高めるのである。

2 テーブル

 舞台中央に置かれている透明なテーブルは「きらきらアフロ」では二人の定位置として重要な役割を果たしている。このテーブルがあることによって、二人の重心の移動や、そこから離れたときの「逸脱ぶり」はより鮮明になる。とくに双方が観客に向かって歩き出したときのダイナミックな感じに注意。