時空間のルーペ

 「タイで松嶋尚美が番傘をふっかけられた話」(2003版)で、松嶋尚美は、安い店を通り過ぎるところを描写するときに、いったん「別の店があってんやん」と図解的視点を取り、そのあといったんわざわざ体をバックさせて、もう一度、そこを通り過ぎるところを物語内視点でやり直すのだ。もし、このバックがなければ、両手ですでにその店の位置を横に表わしているので(すでに通り過ぎようとしているので)、「通り過ぎる」ジェスチャーが難しくなる。が、バックすれば、ふたたび店の少し手前の地点まで時間を巻き戻すことができる。その結果、ふんふんふーんと買い物気分で「通り過ぎ」ようとして安値に目を奪われるという表情変化をつける余裕がでる。
 つまり、いったん手短かに鳥瞰的に説明した時空間を、いちどバックして、時間も空間も拡大して、もう一度再生するのである。時空間ルーペ! おそらく、こういうの、計算ずくではなく身体反応でやってるんだろうなあ。松嶋恐るべし。