シャンドール ピアノ教本で開眼(した気になる)

シャンドール ピアノ教本―身体・音・表現
 「シャンドール ピアノ教本」(岡田暁生 監訳/春秋社)を手に入れてからというもの、ピアノの弾き方がまったく変わってしまった。ぼくは、小学校のときにバイエルを途中であきらめたっきり、ピアノを誰かに習った経験がない。中学に入ってから、まったく自己流に弾くようになったけど、すぐに指がついていかなくなって、技術は頭打ちになった。それで、やはり小さい頃から指を鍛えないともうたいした曲は弾けないのだろうと半ばあきらめながら、指定された鍵盤にとにかく指を届かせることばかりに意識がいっていた。
 ところが、このシャンドールの教本は、そんなぼくにもまだ、やることがあるのだということをはっきり教えてくれる。ただ掌をめいっぱいのばしたり、親指をサーカスのようにくぐらせる動きから、自分をすっかり解放すること。かわりに、上腕や下腕を動員して、ひ弱な指に的確な力を伝えてやること。鍵盤は一度押したあといくら力を加えても無駄なこと。無駄なのだからその間に筋肉を休ませること。

 譜面台にこの教本を置き、あちこちのページを開きながら、おおよそ以下のような準備運動をする(べつにシャンドールがこのような運動を薦めているわけではなく、わたしがシャンドールの言ってることを体に納得させるためにやっているだけである)。
 まず上腕、下腕を振り上げ、ばたばたと鍵盤を上から下までまんべんなく指で触る。このとき、手首をぶらぶらさせる。指がほどよく音を鳴らすまでこの運動をやり、ピアノさんと懇ろになる。
 指をリラックスさせる。一度指が鍵盤を押したら、そのあとは押し込まずに筋肉をリラックスさせ、次なるアクションに備える。
 指を離すときのスピードをコントロールする。指が鍵盤に触れたときの反動を利用して素速く離す。すでに指が鍵盤を押さえているときは、鍵盤を軽く指で「蹴る」。
 指・手首・下腕が直線になるように手首の傾きを調節する。むずかしいときは体全体で調節する。
 左右の手のコンビネーションに注意を払う。左右それぞれにおいて指・手首・下腕が直線になるようにするには、左右非対称な動きを必要とすることがある。この非対称な運動を身につけること。

 ・・・やみくもな運指の実現をあきらめ、手元の譜面を弾きながら以上のようなことを主に考えるようになった。すると!ものすごいフォルテが弾けるようになってしまった。いままで自宅の中古電子ピアノでこんな音が鳴るとはしらなかった。それで、そういえばこれまでは、近所をおもんばかってずいぶん小さな音で弾く習慣をつけていたのだと気がついた。

 輝かしい音色が一気に眼前に出現した。利き腕ではないほうの小指一本からも、力強い低音が繰り出される。これは楽しい。軍隊ポロネーズの出だしをじゃんじゃか弾く。ああ、いい音だなあ。近所迷惑だが楽しくてならん。