音の城(神戸 旧乾邸)

 御影に移動。旧乾邸で「音の城」。
 いろいろ思うところはあったが、まず、いい試みだと思った。千野さんや大友さんのような、単に即興ができる人というよりは、聞くことや見ることにとても自覚的な人を人選してるところがとてもおもしろい。もちろん、通常の音楽療法のやり方と彼らのやり方がいつも一緒というわけにはいかないだろうし、まったくやり方の異なる場面も出てくると思うが、まずはそういう試行錯誤の場を作ったという点で大きな前進だと思う。そもそも、子どもを、既成の曲ではない、その場で作り上げていく音楽へとナヴィゲートしていくことじたい、とてもエネルギーのいることなのだから。
 さて、じっさいの演奏はあまりに多様だったが、とくにおもしろかった一連のできごとを書こう。

 まず千野さんの「とりかえ技」。何人かの子はひとつの楽器をたたき続けるうちにそこにきゅーっとはまって明らかに他の人の音が聞こえない感じになる。そうなるとボリュームをコントロールしなくなるので、その子の音が場を占有してしまう。
 千野さんは、しばらくそれをじいっと見てから(しばらくそのまま叩かせておいてから)、するすると手に楽器を持って近づいていって、とんとんとその子の肩を叩き、新しい楽器を差し出す。その物腰はとても低く、しかし迷いがない。すると、子どもは思わず新しい楽器と手に持ったバチとを交換してしまうのである。これはなんともあざやかな手つきだった。

 ばらばらな音楽のおもしろさ。
 二階の小さな部屋で10人くらいのセッションが始まったとき、子どもたちの活動はかなりバラバラだった。向かって右端ではやけにリズム感のいい男子(ここではラテンくんと呼ぶ)が、いろいろなボリュームでラテンのリズムを出すのだが、なかなか全体は乗ってこない。

 そのときに、真ん中でおもしろいことが起こっていた。男の子がプラスチックのチューブを持っている。そのうちスタッフがチューブに口をあてて、チューブくんの耳元に何か言った。チューブくんはこれが気に入ったらしく、今度は自分が口にあてて何か言う。それからチューブを電話のように持って、電話の話を聞くフリをする。この一連のやりとりは、全体の演奏の中にあってごくごく小さなボリュームで行われていたのだが、みんながもっぱら楽器を「鳴らす」パフォーマンスに専念しているときに、「聞く」ということが目に見える形で顕在化した。おそらく部屋の真ん中で起こったこの「聞く」やりとりは、周りのメンバーに影響を及ぼしていたに違いない。

 いっぽう、チューブくんの左側では、「せーの」といってはリコーダーを吹いてる子がいた。せーのちゃんは、最初は隣のスタッフと「せーの」に合わせてリコーダーを吹いていたが、途中からスティックを持って、「せーの」というたびにスティックをふるようになった。その振りは次第に大きくなり、あたかも指揮者のようになってきた。この頃になると、そばのチューブくんやうしろのジャンベさんが、せーのちゃんに合わせるようになってくる。大友さんは最前列に座っていたが、どうやらせーのちゃんに肩入れをすると決めたらしく、彼女の「せーの」に合わせて手拍子をとっている。

 この動きを見ていた千野さんは、するするっと場を離れて退場し、かわりに片岡さんが入ってきた。すると、せーのちゃんは場の空気が変わったのを察したのか、今度はチューブを持って、スティックで叩きだした。そしてさらにたゆみなき「せーの」が続く。

 そしてついにラテンくんとせーのちゃんのタイミングが合いだすと、不思議なグルーヴが生まれ、たてわりの「せーの、ちゃちゃ」に対してラテンのリズムが独特の浮遊感を帯びてきた。客席からも手拍子がいっそうきた。波がきた、という感じだった。

 この波はほどなくくだけて、またタイミングはばらけていったが、それも、ムリに盛り上げている感じじゃなくて、いいなと思った。

 この一連のやりとりはこの日いちばん印象に残った。ルールが生まれていく過程、ルールを逃れていく過程がうまく表れていて、その底に他人の音を聴く契機が織り込まれていた。
 せーのちゃんはマイペースだったけど、それは単にマイペースだったのではなく、次第に、自分の発する「せーの」をいかにその部屋の面子に知らしめるかという問題に対して自覚的になっていた。もし、最初から「○○ちゃんがせーのというのに合わせてみんなで音を出しましょう」というルールのもとに行われたパフォーマンスだったとしたら、これほどこちらの目を惹きつけなかっただろう。

 二階と一階でわかれていたメンバーは、最後に一カ所で集まった。ここでも千野さんの独特の「とりかえ技」があって、次第にその場はトーンチャイムを中心とした合奏に移っていった。

 終了後、関係者ではないのだが打ち上げにもぐりこみ、千野さん、大友さん(id:otomojamjam)とあれこれ話す。途中で、すぐそばに座っていたのが野村誠くん(id:makotonomura)だと分かって愕然とする。ついこの前、彼のブログに書き込んだところだったのに、本人だと分からなかった。まあ、十年ぶりぐらいだからしょうがないか。ぼくのアタマの中の野村君は坊主頭だったのだが、おそらく彼のアタマの中のぼくは長髪だったに違いない。

 最後までいたかったが明日が早いので早々にお暇する。帰りにはJRが遅れ、南彦根では氷雨が降っていてさんざんだった。