モーダルな事象

モーダルな事象 (本格ミステリ・マスターズ)
  ブックファーストで立ち読みをしてたら最初の1,2ページで、するすると引き込まれる文体だった奥泉光「モーダルな事象」。そのまま六曜社に移動し、さらにJRの中で読み続ける。まさしく巻措く能わざる面白さ(このフレーズ前も使ったっけな)。
 冗談というには冗長で執拗すぎる「元夫婦刑事(#デカ)」「桑幸」「諸橋倫敦」といった呼称の繰り返し、そして、「連れは後ろ向きだったので顔は分からぬが、頭の禿げ具合からして初老の男性だったと、『変態心理の世界Q&A』の著者は証言した。」というような狂った記述の数々。

 文学部教授が出てくる点で「文学部唯野教授」を思わせるが、「文学部唯野教授」が一人称を使いながらどんどん記述的になっていくのに対し、この「モーダルな事象」は、三人称を使いながらどんどん妄言的になっていくところがおもしろい。妄想が妄想として成立するのは、単に連想の突飛さゆえではなく、正確さの重心のずれゆえであること、そしてそれは文体に表れるということがよくわかる。

 たとえば先の文例で言えば、「変態心理の世界Q&A」という語の内容が下世話でおかしいのではなく、そのような冗長なことばに正確さの重心が置かれていることがおかしいのである)