シカゴ交響楽団、指揮ピエール・ブレーズ

 たまたま通りかかったシカゴ交響楽団の建物を見て、ふと今日の演目はなんだろうとポスターを見ると、なんとブーレーズの80歳の誕生日を祝うコンサートではないか。演目は、ハイドン、ランズ、そしてバルトークのオケコン。オケコンって! だめもとでボックス・オフィスに行ったら、まだ良い席が余っていた。ブーレーズ、シカゴではさほどの人気でもないのだろうか。

 ハイドンのシンフォニー103番はとてもデリケートな演奏で、アンダンテの旋律もとってもチャーミング。とくに間接反響によって空間の空気を満たしていくホルンの注意深いロングトーンの音色と弦の対比、その絶妙なボリュームのコントロールは、ブーレーズの指揮ならではですばらしかった。

 Randsの曲は今回初めて聞いた。このチェロ協奏曲1番は、まるで「惑星ソラリス」のような曲だ。チェロが奏でるパッセージがやがてオーケストラに感染して、その響きはやがてチェロ自身を包み込み、その存在を飲み込んでいく。これまで聞いたことのないオーケストラの音色がいくつも聞けた。この日いちばん息詰まる演奏だったと思う。

 バルトークのオケコンは、ブーレーズが何度も録音しているレパートリーで、どんな演奏になるかはおおよその予想はついていたが、やはり生で聞くと、思いがけない感情がわきあがる。第一楽章の冒頭で、フルートがアタックが聞こえないほどの繊細な入り方をしてくるので、ああ、コンサートホールはいいなと思う。レコードだと、感度のいいマイクがどうしてもフルートのアタックを拾い上げてしまうのだ。
 第一楽章のファンファーレや第二楽章のコラールに耳をそばたてて、なんだか涙がこみあげてくる。われながら、あらためて金管楽器が好きなのだな。
 今日の演奏で特に驚いたのは五楽章でチェロが全員弦をばらばらと手弾きするしぐさに思わず隣の女性が笑っていた。確かに、バイオリンが必死に難しいパッセージを弾いているのに比べて、ちょっとユーモラスに見える。シカゴ響のトランペットとトロンボーンは、ショルティ時代からの伝統なのか、メンバーが若いせいなのか、フォルテをばりばりと吹き破っているいっぽうでピアノの響きが薄く、ちょっとブーレーズの指揮にあってない気がした。
 曲が終わると、前の女性二人が「あの年でこんな大げさに指揮するのよね」とブーレーズの指揮棒を使わない手振りを真似ていた。そんな風に、ブーレーズが冷やかされるのを見るのも、彼の年齢からすれば自然なことかもしれない。なにしろ80歳とは思えないのだ、ブーレーズは。かくしゃくたる、なんてことばを使うのもためらわれるほど、驚異的に安定した指揮ぶり。