原音志向の栄光

 この、「原曲と違うものを聞いてもへっちゃら」という状態、いまは当たり前に思えるけど、はじめからこんな風だったわけではないと思う。だって60年代から70年代にかけて、オーディオマニア全盛期ってのがあったわけじゃないですか。カセットテープの音質で満足してるやつはへっぽこで、それよりも、コンサートホールの音を実現する、とか、間近にミュージシャンがいるような音を再現するとか、そういうのが盛んに喧伝されて、FMラジオの出現とともに、オーディオメーカーが競ってその音質を宣伝してた時代が。ポップベストテンですらダイヤトーン提供だった時代が。
 そう、「再現」とか「音像」っていう風に、もはや音を視覚化せねば!的単語がマニアの間では使われており、できあいの安いコンポを買うヤツは軽蔑され、自らの知恵と力によって最適な真空管アンプとスピーカーの組み合わせを探求する「オーディオマニア」は、それだけでは飽きたらずリスニングルームの改造を始め・・・もっとも個人レベルでそんなことができる人間は限られていた。
 そこで登場したのがクラシック喫茶であり、ジャズ喫茶ですよ。ブレスの音が手に取るようにわかるくらいのオーディオセットの前で、われわれが私語禁止で耳を傾けていたのは、なにもそれが当時オシャレだったからというだけではなく、誰しもオーディオマニアが目指す「原音(すごい言葉だな)」志向を共有していたからではないのか、と、かように考えるわけです。